投稿

ラベル(📚 本の紹介)が付いた投稿を表示しています

【偏愛レビュー】哲学と躁うつのあいだで──『暇と退屈の倫理学』を読んで見えた、気晴らしと自由の取扱説明書

イメージ
【偏愛レビュー】哲学と躁うつのあいだで──『暇と退屈の倫理学』を読んで見えた、気晴らしと自由の取扱説明書 更新日:2025年5月18日 記事内に広告が含まれています。 目次 なぜこの本を手に取ったか 退屈しのぎの3段階 哲学と躁うつのあいだで おわりに 書籍情報 はじめに:躁うつの波と「退屈」の正体 「退屈している暇なんてないんだよね」と言ったのは躁のときの僕だ。 だが、うつに沈むとき、あの底なし沼のような感覚の正体をよくよく眺めてみると、それはただの「絶望」ではなく、「退屈」だったりする。希望も絶望も持てない“何も起きなさ”が広がっているとき、心の中には空白が生まれる。その空白に耐えきれず、人はときに焦り、何かを埋めようともがく。 そんな折に出会ったのが、國分功一郎著『暇と退屈の倫理学』だった。 なぜ「退屈」はこれほどまでに苦しいのか? 國分はこの本の中で、「退屈」とは単なる時間の余白ではなく、「対象の喪失」であると定義する。言い換えれば、「退屈」とは世界に対して関心を持てなくなる状態だ。 この視点は、躁うつという極端な波の中に生きる自分にとって、驚くほど腑に落ちた。躁のときは世界が輝いて見え、すべてが対象になる。だが、うつに落ちると、あらゆるものが「無関係」に感じられてしまう。好きだった音楽も、興味を持っていた本も、まるで意味を失う。 そう、「退屈」は、世界とのつながりを失った状態なのだ。 退屈しのぎの3段階──その先にある“自由”の問い 國分は「退屈しのぎ」には大きく分けて3つの段階があると説く。 社会の流れに乗って情...

【実体験】双極性障害(躁鬱)のメンタル落ち込み原因&本で学んだゆるっと対処法

はじめに 2024年は、これまでになく自分のメンタルと向き合った年だった。 9月頃、出勤しようとするも身体がまったく動かず、これまでに感じたことのないような倦怠感と絶望感に襲われた。これは普通ではないと感じ、心療内科を受診したところ、「双極性障害II型」と診断された。 双極性障害とは、いわゆる「躁うつ病」の一種で、気分の波――躁状態とうつ状態――を周期的に繰り返す疾患だ。自分の体感では、ざっくり以下のようなイメージだった。 躁状態: 万能感があり、なんでもできる気がする。後先を考えずに行動し、寝なくてもバリバリ動ける。 うつ状態: 何もやる気が起きない。ベッドの上でネットサーフィンするだけで一日が終わる。脳も身体も、水中に沈んでいるような重さがある。 双極性障害にはI型とII型があるが、自分は比較的症状が軽いII型とのこと。現在は薬の効果もあって、日常をそれなりに穏やかに過ごせる日も多い。 そんなこんなで、約3か月の休職を経て、自分のメンタルについてとことん向き合う時間ができた。暇だったのもあり、自分を実験台にして思考の検証を重ねたような期間だった――精神と哲学のサンドバッグのようでもあった。 今回はその備忘録として、「メンタルの落ち込みの原因」と「これからの向き合い方」を書き残しておきたい。 目次 はじめに メンタルが落ち込んだ原因 生来の自己肯定感の低さ 誤った目標設定 環境の大きな変化 メンタルの平和を保つためのこれから 自分に優しくなる ポジティブな目標を立てる 趣味での気晴らしに積極的に勤しむ 最後に メンタルが落ち込んだ原因 今振り返ってみて、メンタルが落ち込んだ要因は主に以下の3つだったと考えている。 生来の自己肯定感の低さ 誤った目標設定 環境の大きな変化 以下、それぞれについて詳しく書いていく。 生来の自己肯定感の低さ これがもっとも根深く、厄介だった要素だと感じている。 いわゆる「自己肯定感が低い」と一口に言っても、表現が一般化されていて伝わりにくい。具体的にいうと、 自分自身を評価する際の基準が極...